2025年4月、退職代行サービスを使って会社を辞めた新卒社員が、前年の約2倍の水準に達した。複数のサービスで同時に記録された動向であり、一社だけの現象ではない。かつてゴールデンウィーク明けに集中していた新卒退職の波は、2025年は入社直後へと前倒しされている。背景には、採用活動で伝えられた条件と入社後の現場のギャップという構造的な問題がある。退職代行はすでに新卒世代にとって入社前から視野に入る選択肢になっており、企業側も「使われる側」として対応を迫られている。
退職代行とは——本人に代わって辞める手続きを行うサービス
退職代行とは、本人の代わりに会社への退職の意思表示や手続きを行う民間サービスだ。費用は多くの場合2万円前後が中心で、依頼から即日〜数日以内に退職が完了する。本人が会社に直接連絡する必要がなく、気まずい対面や電話を避けられる点が利用者に支持されている。そのサービスが、2025年4月に新卒の間で記録的なペースで利用された。
2025年4月、新卒487名が退職代行を利用
退職代行サービス「モームリ」(株式会社アルバトロス)の2025年4月の新卒利用者は487名。前年同月の254名から約1.9倍に達した。4月から6月の3カ月累計は1,072名で、そのうち45%が4月に集中している。
複数社のデータが示す同じ傾向
別サービス「OITOMA」(株式会社H4)でも、4月1日から25日のわずか25日間で新卒335名が利用した。複数のサービスで同じ増加が同時に起きている。
株式会社NEWONEが2025年に実施した新卒社員意識調査では、94.2%が退職代行を認知しており、4人に1人(25.3%)が「将来的に利用を検討する可能性がある」と回答した。退職代行はもはや若年層にとって特別な手段ではなく、入社前から視野に入っている選択肢になっている。
Z世代と売り手市場——「すぐ辞められる」構造的背景
2025年の新卒採用は売り手市場が続いており、求人数に対して就職希望者の数が少ない状態が続いている。転職市場も活況で、入社3年以内に転職する若手(第二新卒)を積極的に採用する企業は増え続けている。「合わなければすぐ辞めて次を探せる」という選択肢が現実として成立しやすい環境が整っている。
1990年代後半から2000年代初頭に生まれたZ世代は、SNSで退職体験談や企業の実態を日常的に目にして育った。「石の上にも3年」という職場定着の規範よりも、「合わない環境からは早く離れる」という判断を合理的と捉える傾向が研究でも指摘されている。採用難が続く企業と、転職コストが下がり続ける新卒世代——両側の変化が同時に進行している。
| Z世代側の変化 | 「石の上にも3年」規範が薄れ、合わない環境からは早く離れることを合理的と判断。SNSで退職体験談や企業実態を日常的に目にして育った世代 |
| 企業側の変化 | 採用難が続き、第二新卒を積極採用する動きが拡大。転職市場の活況が若手の「次を探せる」選択肢を現実のものにしている |
こうした構造のなかで、退職の判断スピードも劇的に変わっている。
入社2週間で6割が即退職を決断
GWピークから4月ピークへ
OITOMAの335名のうち約6割が、入社からわずか2週間以内に退職を決断した。「とりあえず1カ月は様子を見る」という期間がほぼ消えている。
前年のピークはGW明けの5月(350名)だった。連休中に気持ちを固め、休み明けに動き出すというサイクルが主流だった。2025年4月はそのピークを487名で上回った。現場を見た瞬間に結論が出ている。
女性が6割超、業種は小売・サービスに集中
利用者の62.1%が女性で、男性の36.4%を大きく上回る。業種別では卸売業・小売業、生活関連サービス業・娯楽業、医療・福祉の3分野が上位を占める。
これらの職種は入社初日から店舗・病棟に配属されるケースが多い。研修期間が緩衝材になりにくく、「聞いていた話と違う」というギャップが即座に表面化する。
「聞いていた条件と違う」が決定打に
求人票と現場のギャップ事例
退職代行「OITOMA」(株式会社H4)の調査では、新卒が退職代行を利用した理由の約8割が「説明会で聞いていた話と違う」という条件の乖離だった。「土日休み」のはずがシフト制で平日休みを渡された、有給取得率90%と説明されていたが入社直後に先輩の申請が却下される場面を目撃した——求人票と現場のギャップが入社初週に露呈するケースが相次いだ。
モームリ(株式会社アルバトロス)には、より深刻な相談も寄せられた。IT企業に入社した新卒に対し、実務経験がないにもかかわらず1年前からの経歴を詐称するよう会社が強要したケース、研修合宿で30kmの走行を課し脱落者にペナルティを与える「軍隊式」訓練が行われたケースが報告されている。
入社式当日に退職を決めたケース
2025年4月、入社式当日に退職代行を利用した新卒が5名いた。入社式の場で社長が新卒社員を怒鳴りつける映像がSNSに拡散し、それを見た別の会社の新卒が「うちも同じだ」と連鎖的に退職代行を依頼する現象も起きている。「退職代行を使わないでほしい」と社内でアナウンスした企業も出てきたが、そのアナウンス自体が新卒の不信感を高める逆効果になったと報告されている。
退職代行で辞めた後、当の新卒はどこへ向かうのか。
退職代行を使うと転職に不利になるか
退職代行を使ったこと自体は、履歴書や職務経歴書に記載する義務はなく、採用選考の書類上には残らない。一般的な企業の採用場面で、退職代行の利用を調べる仕組みもない。
ただし、在籍期間が短い場合——特に1カ月未満での退職——は、転職活動での説明が必要になる。「なぜ短期で辞めたか」を面接で問われたとき、答えられる準備が求められる。退職代行を「使ったか否か」ではなく、在籍期間の短さと退職理由の説明が実際の選考に影響する。
売り手市場が続く現状では、第二新卒向け求人や転職エージェントを経由した短期離職後の再就職実績も報告されており、以前と比べて転職市場の間口は広がっている。
個人の転職市場が変わる一方、採用する側の企業でも対応の変化が起きている。
企業側の対応と業界の法的課題
4社に1社が退職代行を経験済み
マイナビが実施した企業向け調査では、23.2%の企業が退職代行を通じた退職を経験したと回答している。使う側だけでなく、使われる側にも広がっている。企業側では入社前にあえて厳しい現実を見せる取り組み(入社前に現場の実態を開示する手法)を始めるところも出てきた。対応策はまだ各社が模索している段階だ。
2026年4月も初日から依頼殺到、業界には法的課題も
2026年4月1日も複数の退職代行サービスで入社初日からの依頼が相次いだ。一方、2026年2月にはモームリの運営会社(株式会社アルバトロス)が弁護士法違反の疑いで捜索を受けた。
捜索後も業務は継続しているとされているが、業界全体に対する法的規制の整理は課題として残ったままだ。2025年4月に表面化した「入社直後に退職代行で辞める」という選択が定着していくのか、それとも業界の法的整理が進んで変容するのか——答えはまだ出ていない。