東京弁護士会、民間退職代行の非弁行為リスクについて注意喚起

  • 2024-11-20
  • 2026-05-18
退職代行業界で弁護士が書類送検、代表が逮捕。業界の違法操業が相次ぎ明らかになった。

退職代行「モームリ」を運営する株式会社アルバトロスの代表が、2026年2月に逮捕された。退職を手伝うサービスの業界最大手が摘発されたことで、利用者にも「自分が使った(使おうとしている)業者は大丈夫か」という疑問が浮かぶ。事件の核心は「退職代行そのものが違法」ではない。問題は、誰に頼むかだ——安さだけで選んだ代償は、利用者自身に跳ね返る。その境界線がこの事件ではっきり引かれた。

警告から逮捕へ——1年半の経緯

東弁の注意喚起から摘発までの流れ

発端は2024年11月、東京弁護士会(弁護士たちの職業団体)が公表した注意喚起だ。「退職代行サービスと弁護士法違反」と題した文書で、弁護士でない業者が会社と交渉することは非弁行為——つまり弁護士しかできない仕事を無資格で行うこと——にあたる可能性があると指摘した。

それから約11カ月後の2025年10月、警視庁は株式会社アルバトロスの本社と提携先法律事務所を約100人態勢で家宅捜索した。業界最大手が標的になった時点で、業界内には緊張が走った。

2026年2月、代表逮捕と弁護士書類送検

2026年2月3日、警視庁は代表取締役・谷本慎二容疑者ら2名を弁護士法違反(非弁提携)の疑いで逮捕した。同月23日に起訴。提携していた弁護士2名も在宅起訴された。

逮捕の核心は「非弁提携」の仕組みだ。アルバトロスは特定の弁護士に依頼者を紹介し、「広告費」の名目でキックバック(紹介料)を受け取っていた疑いがある。弁護士法27条はこの取り決め——弁護士でない者から報酬を得て事件を紹介してもらう契約——を禁じており、交渉行為そのものを禁じる同法72条とは別条文だ。今回の逮捕・起訴はこの27条違反が主軸となっている。

弁護士でない業者が特定の弁護士に客を流し、謝礼を受け取る仕組み。この取り決め自体が弁護士法27条違反にあたる。

モームリは累計4万件以上の退職代行を手がけた業界最大手だった。その逮捕は「実績が多いなら安心」という業界の前提を崩した。2026年4月、同社は代表者を刷新して営業を再開しているが、問題となったキックバック構造が解消されたかどうかは公式な説明が出ていない。

何をしたら「非弁行為」になるのか

では、今回の事件で何が「非弁行為」と判断されたのか——境界線を具体的に見ていく。

一言の反論で違法になる境界線

東京弁護士会は、非弁行為の境界線をこう整理している。弁護士以外の業者が「本人から辞意を伝えます」と会社に連絡する行為は「使者」として伝言を届けるだけであり、法的に問題はない。

問題はその先の一言だ。「有給を消化させてください」「退職日を〇月〇日にしてください」「残業代を払ってください」——こうした要求を業者が発した瞬間、それは「交渉」になる。弁護士だけに認められた「法律事務」にあたり、弁護士法72条に抵触する。違反した場合、2年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される。

サービスに「弁護士監修」と明記されていても、実際に交渉を担うのが業者の担当者であれば、違法性は消えない。

「辞めます」の伝言はOK。退職日・有給・残業代への言及は一言でも違法になる。

「組合が交渉する」スキームも対象

業界にはもう一つの手口が広まっていた。依頼者を名目上の労働組合に加入させ、組合として会社と団体交渉する——というスキームだ。労働組合法は適法な組合の団体交渉を保護しているため、「組合の交渉なら合法」という建て付けにする。

今回の捜査では、退職代行業者が実質的に支配する組合に依頼者を加入させ、その組合が交渉を担う仕組みが問題視された。「交渉」という行為の主体を変えても、業者が利益を得る構造は変わらないと判断された形だ。

独立した労働組合が行う団体交渉は適法だが、業者の「別部門」として機能する組合はその保護の外にある。

業者系の組合を見分ける3つの確認ポイント

退職代行を選ぶ前に、以下の3点を確認すれば独立性を判断しやすくなる。

①ウェブサイトで業者と組合が別々に紹介されているかを確認する。業者のサイト内に「組合部門」として紹介されているだけの場合は独立性が低い。別のドメイン・別の名称で運営されているかを見る。

②問い合わせ時に「組合規約を見せてもらえますか」と聞いてみる。正当な組合であれば規約を開示できるはずだ。「規約はない」「見せられない」という回答なら、別の業者を選ぶ根拠になる。

③運営者の名前・住所が業者と完全に同じかを確認する。同一の代表者・同一住所で組合と業者が登録されている場合、実質的には同じ組織だ。業者のサービス概要ページや会社概要で確認できる。

利用者側に残るリスク

では、業者の違法性は利用者にどう跳ね返るのか。業者が摘発されても、利用者本人が刑事罰を受けることはない。だが、実害は別の形で訪れる。

企業の3割が「取り合わない」と回答

東京商工リサーチが2026年4月に6,425社を対象に実施した調査で、弁護士・労組以外の業者からの連絡に「非弁行為の可能性があるため取り合わない」と回答した企業が30.4%に達した。

「辞めます」と伝えたつもりでも、会社がその連絡を無視していれば、退職の意思は届いていない。籍は残ったまま無断欠勤扱いとなり、最終的に懲戒解雇の記録が残れば転職活動にも傷がつく。

企業の3割が民間業者の連絡を無視——「届いたつもりで届いていない」リスク

金銭面の被害も後から来る。パーソル総合研究所の2025年12月調査では、退職代行を利用した人の23.1%が退職後に勤務先と金銭トラブルを経験している。法的権限のない業者は残業代や退職金の交渉ができないため、東京弁護士会が指摘するとおり、本来もらえるはずの権利が失われるケースが生じる。

退職合意が「なかったこと」になる可能性

業者が摘発されると、利用者に波及する可能性がある問題がもう一つある。

非弁業者との契約は、法的に無効と判断される余地がある。その場合、会社側が「退職の手続きは有効ではない」と主張できる状態になる——退職したつもりが、法的には在籍中という扱いになりうる。実際に利用者全員がそうなるわけではないが、今回のように業者が逮捕・起訴された局面では、警察から事情聴取に呼ばれる可能性もゼロではない。

転職への影響も数字に出ている。東京商工リサーチの調査では、採用選考で退職代行の利用歴が判明した場合に「採用しない」と回答した企業が26.0%、「慎重になる」が49.3%——計75.3%が否定的な影響を認めた。利用歴が判明する経路としては、転職先が前の職場に在籍確認(リファレンスチェック)を行うケースや、面接で退職の経緯を問われる場面が想定される。

リスクの種類具体的な影響
退職無効非弁業者との契約が法的に無効と判断される場合、法的には在籍中の扱いになりうる。警察の事情聴取に呼ばれる可能性もある
金銭トラブル利用者の23.1%が退職後に金銭トラブルを経験。残業代・退職金の交渉ができず、本来もらえる権利が失われるケースがある
転職への影響利用歴が判明した場合、採用企業の75.3%が否定的な影響を認める(「採用しない」26.0%+「慎重になる」49.3%)

民間・弁護士・労組で何が違うのか

ではどう選べばいいのか——3種類の業者の違いを整理する。

種別できること費用目安リスク
民間業者意思の伝達(使者)のみ2〜3万円交渉すれば弁護士法72条違反。企業の30.4%が連絡を無視
弁護士交渉・請求・訴訟すべて合法5万円〜最も低い
労働組合(独立型)団体交渉権に基づく交渉が合法2〜3万円業者が支配する組合は保護対象外

弁護士や独立した労働組合が直接対応する業者を選べば、退職そのものは成立する。有給消化・退職日の設定・未払い残業代の請求も、法的権限のある主体が動けば交渉できる。モームリ事件が問うているのは「退職代行の是非」ではなく、「誰が対応するか」という一点だ。

「大手だから安心」「弁護士監修だから安全」という判断基準が機能しないことは、今回の事件が証明した。実際に誰が何をするかを自分で確認するほかない。

選ぶ前に確認すべき質問は3つある。①弁護士が直接対応するか(「監修」のみか)。②組合は業者と無関係な独立した第三者が運営しているか(規約の開示を求めて確認)。③「交渉します」と明示しているのは具体的に誰か。

安全を見極める3つの質問——誰が対応するか、組合は独立しているか、交渉するのは誰か

事件後、複数の業者が組合提携の表記を削除し、サービス内容を変更した。業界の淘汰は進んでいるが、基準が固まるまでの間、選ぶ責任は利用者側に残る。