累計4万人が退職を委ねてきた退職代行サービス最大手「モームリ」の運営会社代表らが、弁護士法違反の疑いで2026年2月に逮捕・起訴された。テレビ出演やアドトラック広告で業界の「顔」となり、「弁護士監修・労働組合提携」を信頼の根拠として前面に押し出してきた最大手の摘発は、業界に衝撃を与えた。「弁護士と組んでいるから安心」というその提携関係こそが、今回の違法性の核心だったとされる。
モームリ代表ら逮捕・起訴の経緯
その弁護士との関係に、警視庁が踏み込んだのが2025年10月のことだった。
家宅捜索から起訴までの時系列
2022年設立の株式会社アルバトロス(代表・谷本慎二)は退職代行「モームリ」を運営し、2025年1月期売上高約3億3,000万円(前々期の約1,000万円から急拡大)と業界最大手の規模に成長した。
2025年10月、警視庁保安課が同社に家宅捜索を実施。その後、2026年2月に谷本慎二代表と同社社員の浜田優花容疑者ら複数名を逮捕し、同月23日に東京地方検察庁が起訴した。
容疑の内容と本人らの主張
容疑は弁護士法違反、いわゆる「非弁提携」だ。弁護士の資格を持たない者が、法的な交渉を弁護士に橋渡しする見返りとして報酬を受け取ることを禁じた規定への違反とされる。
起訴状によると、アルバトロスは未払い賃金の交渉など法的判断が必要な案件を弁護士法人みやびとオーシャン綜合法律事務所に紹介し、1件あたり16,500円の紹介料を受け取っていた疑いがある。この金は「労働環境改善組合への賛助金」や「ウェブ広告費」の名目で支払われており、隠蔽が図られていたとされる。「労働環境改善組合」はモームリ社員が運営する名目上の組合で、紹介料を受け取るための受け皿だったと当局は見ている。
1件16,500円の非弁提携スキーム
では、具体的に何が違法だったのか。
退職代行と非弁提携の境界線
退職代行業者が合法的にできるのは、「辞めたいという依頼者の意思を会社に伝えること」だけだ。未払い賃金の請求や損害賠償交渉など、法的な権利の行使が絡む作業は、弁護士にしか認められていない。
弁護士法72条は、この境界を明確に定めている。弁護士でない者が法律事務を行う「非弁行為」を禁じるとともに、弁護士と非弁護士が報酬を分け合う形で結びつく「非弁提携」——つまり「弁護士に客を紹介してその見返りを受け取る行為」も同様に禁じている。退職代行業者が弁護士への「客の橋渡し役」として利益を得る構造は、この規定に正面から抵触する。
「賛助金」名目で隠された紹介料
違法な紹介が行われたのは2024年7月から10月のわずか4か月間とされるが、その間の件数は約200件、総額は数百万円にのぼるとされる。元従業員の証言によれば、「紹介すれば1件につき1.5万円の利益になる」という趣旨の社内指示があったという。
弁護士側から送られた資金の受け皿となったのが「労働環境改善組合」だ。モームリの社員が運営する名目上の組合であり、支払いは「賛助金」や「ウェブ広告費」という実態のない名目で処理されていた。東京地方検察庁は、資金の流れを外から見えにくくするための組織的な偽装だったと主張している。
紹介料を受け取った弁護士事務所側の処分
紹介料を支払っていた弁護士法人みやびおよびオーシャン綜合法律事務所の両代表弁護士も、弁護士法72条違反(非弁提携)の共犯として警視庁保安課による捜査を受けたと報じられている。非弁提携は紹介料を渡した弁護士側にも同法違反が問われる。各事務所の弁護士会への懲戒手続きや処分の進捗は、2026年5月時点で公式発表がなく確認中の状況だ。
モームリ摘発後の業界の動き
逮捕後、業界最大手の失墜は運営会社の内部にとどまらず、業界全体の構造を揺さぶった。
新規受付停止と代表交代
2026年2月の逮捕を受け、モームリは新規の退職代行依頼の受付を停止した。谷本慎二代表は辞任し、新経営体制への移行が進められた。累計4万人超が利用した最大手サービスの突然の停止は、依頼途中だった利用者の対応にも影響を及ぼした。
既存利用者の退職効力はどうなるか
モームリを通じて退職手続きを進めた既存利用者について、「退職そのものが無効になる」という事態は原則として生じない。退職代行業者が行う「退職の意思を会社に伝える行為」は合法であり、その意思表示が会社に到達していれば退職の効力は有効だ。ただし、未払い賃金請求や損害賠償交渉など、弁護士法人みやびやオーシャン綜合法律事務所に紹介された案件については、依頼した弁護士事務所が引き続き代理を担当しているかを直接確認することが必要だ。担当弁護士の継続対応に不安がある場合は、別の弁護士への相談を検討する選択肢もある。
企業の3割が民間業者を拒否
事件は企業側の対応にも変化をもたらした。東京商工リサーチが2026年4月に実施した調査によると、企業の30.4%が「非弁行為の危険性があるため、弁護士・労組以外の業者からの連絡には取り合わない」と回答している。約3社に1社が、民間退職代行業者からの連絡を受け付けない方針を明確にした形だ。
業界の再編へ
退職代行は「意思を伝えるだけなら合法」という建前のもとで急成長してきた。最大手の摘発はその建前を揺さぶり、弁護士や労働組合が運営するサービスへの需要が高まる一方、民間業者の間では業態転換や撤退の動きが続いている。「弁護士監修」「労働組合提携」を売り文句にしてきた業者が、その提携関係の中身を改めて問われる局面に入った。